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結婚披露パーティーにて。 


2009.07.05(Sun)

自分ぐらいの年齢になると慶事よりは弔事の方が圧倒的に多い。結婚式などそうそうあるものではない。久しぶりに招かれた結婚披露宴は二十程歳の離れた友人のものであった。そうした席では旧知の人たちとも久しぶりに会う。弔事では再会を手放しで喜ぶ事は憚られるが、おめでたい席ではそんな気遣いは無用なのでその点はお気楽である。
若い人たちが大部分のパーティーなので、勢い年長組は年長組で一ト所に固まる。自分たちの頃と比べると神妙さなどとは無縁の、二人の門出を祝うというよりは彼らと一緒に(あるいは彼らを山車にして)楽しもうという雰囲気があって、微かに違和感を覚えるのだが、現金なもので、最後に用意されたビンゴゲームが始まると我らロートル組も年甲斐も無く熱くなる。取り分け、わたしの隣に座った友人の友人は一等賞に割り振られた景品への執着が尋常でなく、自分の滑稽さを笑いながらもかなり真剣な様子。この会場の中で彼女ほどそれを欲しいと願っていた者はいなかったのではないだろうか。いつの間にか我々も彼女にそれを穫らせたいと思うようになっていた。当選者がくじを引くたびに彼女の番が来るまでは誰もそれを引かないようにと念じるのである。一足先に自分が引く。会費に見合う景品を手に入れて、なおかつ一等でなかった事に安堵する。妙なものである。・・・そして彼女の番。
奇跡と言っては大袈裟に響くが、念じた通り彼女がそれを獲得した途端、我々の間に流れた至福感は例えようも無い。こんな事が実際に起るのである。誰よりも強く念じれば思いは適う。言ってしまえば使い古された陳腐なお題目でしかない。しかし目の前でそれが起ると、改めて、強い念いを持てば希望が見えてくると信じ無いわけにはいかない。
そして同時に他者の幸福は自分をも幸せにするという事に気づかされるのである。その場にいた誰もが幸せでいられることで新郎新婦もまた幸せな気分になるのであれば、神聖な儀式から距離を置いた、若い人たちの企画したイベントまがいの披露宴は、それはそれで正解なのかもしれない。とまれ祝い事の方が断然好い。

category: 日々是好日 Days

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