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タルコフスキーを超えて。To exceed Tarkovskii. 


2009.06.14(Sun)

烏滸がましくも昨日のブログにタルコフスキーを引き合いに出したことで私は失笑を買っているに違いない。身の程知らずにもほどがある、と思われたはずだ。だがタルコフスキーはあるがままを正確に描写せよと言ってはいなかったか。私に出来るのは正しくその一点のみである。(少なくとも私は常にそれを実現しようと試みていた。)
映画の伝説の一部であるタルコフスキーを乗り越えるなど、私程度の凡人に出来るはずも無い。そう思ってくれたなら、おそらくは映画が未だ映画館で上映されているのと同じくらい救いがある。何故なら映画館の暗闇の中でなら彼はまだ生き続けていられるからだ。私もまた彼を追い続けてさえいれば良い。しかし彼は既に過去の人間である。今だ彼が映画の伝説であり続けている方が不思議なのだ。テクノロジーの進歩と経済的な締め付けはタルコフスキーが映画を撮っていた牧歌的な時代(無論当時もまた別の意味で戦いの連続だっただろうが)を遥か昔のこととして葬り去ったのである。つまりそれほどまでに映画は変わってしまったということだ。
まだこれからもしばらくの間映像に関わらなければ成らない者にとって、映画の変貌と向き合うことは避けて通ることの出来ない問題である。旧態然とした映画と心中する殉教者であるべきか、それとも映画の歴史をいっさい無いものとして経済活動の要請するまま流されるべきか。どちらにも組しない道がどこかにあるはずで、それを愚直に信じて進むしか無い。だが何処に・・・。

category: 映画のはなし About Movies

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