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幸せな時代~北原さんへのメール。[Good Old Days~Mail to Mr.Kitahara.] 


2009.02.13(Fri)

戦後およそ10年ほどで日本映画はその黄金期を迎えます。50年代始めから60年代の中頃までの14~5年は考えただけでもワクワクする時期です。小津安二郎がいて、黒澤明がいて、溝口健二がいる。そして彼らを支えたのは優秀なキャメラマンです。厚田雄春、中井朝一、宮川一夫。さらには成瀬巳喜男には玉井正夫、川島雄三には高村倉太郎や岡崎宏三。数え挙げたら幾らでも出てきます。皆撮影所で育った一流の技術者です。当時は撮影所内のみならず各映画会社が競い合って技術を磨いていました。ですからモチベーションも相当高かったに違いありません。私などは、そうした諸先輩の素晴らしい仕事を知らずしてキャメラマンを名のることなど恥ずべきことではないかと思っているのですが、今となっては彼らの名前すら聞いたことのない人たちが日本の映像業界の主流になっているのかもしれません。彼らの仕事が如何に素晴らしいか、何ゆえ何度繰り返し観ても見飽きないか。映像の世界を豊かにするために、そのことがもっと分析され、評価されるべきでしょう。
おそらく撮影所という場が果たした役割というのは、技術を学ぶ場だけに留まらず、正統な批評眼/価値観を受け渡しする場でもあったと思います。あの時代の映像が優れていたのは、映画会社が5社6社とあり、各社の中でも撮影所によって独自の流儀を持っていたからです。それが相互に良い影響を与えていました。継承と批評。それらがバランスよく配分されていた日本映画の黄金期とは本当に幸せな時代であったのかもしれません。
何処かで観たようなアングルやコンポジションあるいはトーンやレイアウトをセンスよくまとめられればキャメラマンとして仕事が成立してしまう今の時代、地に足の着いたキャメラマンがどれだけいるのでしょうか。技術面で言えば、テクノロジーの進化はさほど技術を身につけなくともそこそこのものを創ることが出来てしまう状況を生みました。例えばフィルム性能の向上です。宮川一夫さんは露出を計るために、セット全面に暗幕を張って、その誤差をとことん避けようとしたと聞いたことがあります。それだけ微妙なものだった。僕がチーフの頃でさえメーターの目盛の針一本にまでこだわっていましたが、今ではデジタルカメラの露出計を頼りにしている者さえいます。半絞り程度の違いなら何の問題もなく写せてしまう。それが人から物事を学び、追究する姿勢を奪っていきました。技術の進歩は諸刃の剣でもあります。一方でそれらは(例えば畑違いからの)新たな才能の参入を容易にします。思想面で言えば、これはもうはっきり言って出鱈目です。北原さんとも見解を一にする事柄だと思いますが、戦争が、連綿と受け継いできた価値観を分断してしまった。おそらく団塊の世代以降の数世代は失った価値観を取り戻すことは出来ないでしょう。日本映画の黄金期は戦後ですが、それは正統な価値観を受け継いできた人たちの生き残りが辛うじて映像の発展期と上手く噛み合ったということだったと思います。(つづく)

category: 【オープンルーム】Bulletin Board

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