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予感とサイン。 


2015.02.20(Fri)

 家に帰った途端、電話が鳴った。母と暮らす姉からだった。「早く来て。お母さんが。心臓なの。」支離滅裂な言葉でも言わんとすることは伝わる。予感はあった。今年はもしかしたら嫌な年になる。だが、そうだとしても、あまりに早すぎる。まだ二月になったばかりだ。腰が痛いという母を病院に連れて行った姉の報告を聞く限り、他には何の兆候もなかった。だが、急な連絡を受けて姉が病院に着いた時には、母にはもう意識が無かった。心臓肥大による心不全だった。
 母が息を引き取った頃、僕は地下鉄に乗ったばかりだった。もどかしい気持ちをどうすることも出来ないまま、窓に映る自分の姿をぼんやりと眺めていた。窓外を流れる光は、存外に、ゆっくり流れるものだ。六本木駅に差し掛かった頃だと思う。目の前のドアの上にある電光掲示板が、突然、不思議な動きをした。周りを見回したが他のディスプレーに異常はない。故障かと思って訝しく見ていたが、その動きはほんの一瞬のことで、駅を出てからは何事もなかったように正常に動いている。僕はすべてを了解した。母が、僕の到着を待ちきれず、サインを送ったに違いない。車に乗せると完全に止まる前にドアを開けて降りようとするほどせっかちな人だった。忘れないようにと時計を見た。偶然だと片付けることは出来る。でも僕はそれが母のサインであったと信じている。
 深夜になって辿り着いた病院で待っていたのは母の亡骸だった。後九ヶ月もすれば米寿のお祝いが出来たのに。それからは時間だけが淡々と流れている。葬儀場の都合やら友引やらで告別式と火葬を終えたのは無くなってから五日目のことだ。その間、涙はほとんど出なかった。薄情な息子と思われそうだが、妻が死んだ時に比べると、喪失感は少ない。長く離れて暮らしていたこともあるが、母は三十六年前に亡くなった父の元にようやく旅立っていったのだと考えると、悲しみが先に立つことはない。それに、予感していたとしても、母の死は急すぎた。現実に起こったことを未だ実感出来ないままだ。ここ当分の間はやるべきことをこなすだけの現実感のない日々を過ごしていくことになるのだろう。

category: 日々是好日 Days

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コメント


私は幸いながら、まだ血縁者との別れを経験していません。

予感とサインをいずれ体現することになるのでしょう。

氏の日常が以前とかわらない平穏な日々に早く戻れますように。

ご冥福をお祈りいたします。
【2015/02/21 07:51】
URL | 古野達也 #- *編集*

古野さん、温かい言葉をかけていただきありがとうございます。
ブログで発表するような事柄ではありませんでしたが、
母のサインがあまりに印象深かったので記しておくことにしました。
【2015/02/21 13:04】
URL | Sumio #- *編集*

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