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よく生きる権利、よく死ぬ権利。 


2014.11.04(Tue)

 米国オレゴン州で、末期がんの若い女性が医師の処方した薬を服用し、家族に見守られて亡くなった。悪性の脳腫瘍であるなら、苦痛を伴わずとも、そのうち意識障害があらわれ自分が誰であるかも判らなくなる可能性がある。最期の段階で自分自身を失ってしまうことは死そのものと同等、あるいは、より受け入れ難いことではないのか。そう考えることに不合理なことは無い。がん治療は過酷なものだ。それによって、身体はもちろんのこと、心までずたずたにされてしまう。
 ブリタニー・メイナードさんの選択は想像も出来ないほど辛いものであったと思う。選択肢は極めて限られていた。もし彼女が別の選択をしたらどうだったかと問うことはさして意味があるとは思えない。どちらを選んだとしても、彼女は人としての尊厳を最期まで守り切っただろう。僕は素直に彼女を賞賛したいと思っている。一日でも長く生きるべきだ、などと簡単に言ってしまう人はその浅はかな考えを恥じるべきだ。
 生まれた時から死を定められた人間にとって、よく生きることは、即ち、よく死ぬることである。人間の尊厳を考えた時、同時に、人間らしい死がどのようなものであるべきかと考えざるを得ない。誰しもその生を全うして死ねるに越したことは無い。けれど、大方は寿命がつきる前に何らかの形で死を迎えざるを得ないのが現実であろう。病死、事故死、自死、、、いろいろな死に様があるが、人はその形態を選ぶことは出来ない。(自死すらそのほとんどはそこに追いやられた結果である。)中には、独裁者や原理主義者、或は短絡的な思考を持つ者などによってもたらされる、どう考えても理不尽な死がある。戦争、虐殺、殺人、死刑等々。
 「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」という藤原新也の言葉を思い浮かべる。人は死(自然)の前では普く平等であるのだ。生きていれば如何なる死に様もその可能性を排除出来ない。けれど、少なくとも誰もがメイナードさんが取り得たような尊厳ある死を迎えられる世の中であって欲しい。よく生きられる社会あってこそ、人としての尊厳が守られるのだ。私やあなたを取り巻く環境がこれ以上悪化しなければいいと思う。けれども見回せば世の中はほとほと荒んではいやしまいか。

category: 日々是好日 Days

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