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『ハンナ・アーレント』を観て来た。 


2014.07.04(Fri)

 今更どこぞの痴呆議員のみっともない会見を論評する気にはなれないけれど、感情のコントロールというのは人間の営みとっては、実は、最も大切な事のひとつではないだろうかと思う。安倍首相の行動を論理で理解しようとしても出来ないのは彼の行動を支配しているのが“感情”であるからではないだろうか。無論、行動の原動力となるのは感情である。今までの政治家では考えられないほどの彼の行動のスピーディーさは感情に突き動かされているからこそ出来る事だと思う。けれど、それによって論理的な考え方は遮断されがちになる。特に始末に悪いのは不安や恐怖、あるいは怒りといったマイナーな感情である。片方に偏った感情は逆の感情の裏返しとしてある。逆の感情をも考える事が出来たとき初めて理性的な行動が出来るのではないだろうか。 
 先日、遅ればせながら『ハンナ・アーレント』を観て来た。そこで語られるのは彼女の「凡庸な悪」という卓越した知見と、被害者意識によってそれを受け入れる事の出来ない凡庸な人々が更に感情をエスカレートさせてしまったことによって起こる哀しい出来事である。現代においては絶対的な悪など存在せず、全体主義(多かれ少なかれ組織というものは本質的潜在的にその傾向を内包している)に顕著にみられるような「凡庸な悪」があるのみである。それを可能とし支えるのは、取りも直さず、思考停止状態ということである。そして思考停止を可能たらしめ強化するのが感情である。絶対的な価値判断基準が無くなった世界において、感情は、ポジティブな方向であろうとネガティブな方向であろうと、極端に進みがちである。ストレスの多い社会では、尚更、過激さが増すのは、世界の何処を見ても納得される事だろう。一時的な感情に支配されずにそれとどう上手くつきあっていくか。今問われているはその事であるだろう。
 己の価値観に一致しないものは統べて邪悪なものとして退ける心情の裏には違う価値観に対する恐怖や不安が含まれている。それは言ってしまえば無知ということである。見当違いの意見を吐く者にハンナは一言釘を刺す。「勉強しなさい」と。
 日本を取り巻く情況の変化に隣国に対する嫌悪の気分が広まっている。それを好いことに更に感情を煽っているのが安倍政権の本質である。そこには論理的思考の欠片も無いではないか。一方で近頃の北朝鮮に対する接し方は随分と理知的に見える。感情を封印して実を取る。政治家に必要なのはそうした態度であろう。かの痴呆議員が取りざたされるのは政治家としての資質以前の問題だけれど、果たして彼以外の今の政治家にその資質があるかと問わば同様に首を傾げざるを得ない。彼らが地方や国の代表であるという事は、取りも直さず、それを選んだ国民の側に問題があるという事である。
 感情をコントロールするにはそれ相応の知識や哲学が必要なのだと思う。結局、今、我々に決定的に欠けているのは教養であり知識であり哲学である。誰が「もっと勉強しなさい。」と叱ってくているだろうか。残念ながらそんな大人は何処にも居ないではないか。

category: 日々是好日 Days

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