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「映画撮影」誌から【No.230】 


2013.09.03(Tue)

 一般の方々の眼にはなかなか触れることがない機関誌です。公開中の『日本の悲劇』鑑賞の一助になれば幸いです。協会から許可を得て二回にわたって小生の記事を転載します。
      
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撮影報告『日本の悲劇』/映画撮影No.198

 2010年、東京の足立区で生きていれば百歳を越える老人の白骨遺体が発見された。それを契機に日本各地で生死不明のまま年金が支給されていた事例が多く存在する事が明らかになった。その事件に着想を得て書かれたのがこの「日本の悲劇」である。
 翌年に起った東日本大震災とそれに伴う原発事故は日本が抱えるこうした矛盾のすべてを飲み込むほどであった。しかし、震災という大きな物語はこの(小さな)物語に豊かな彩りと深みを与えている。震災がなければこの映画は日の目を見なかった、と監督は言う。
 小林監督が遺書のつもりで書き上げたと言う本作はまた、黒澤明監督の「生きる」に捧げられたオマージュでもある。板戸一枚隔てて息子の名を呼び続ける姿は、布団にもぐりこんで息子の名前を呟き続ける市役所の課長と呼応している。
 社会的な弱者に寄り添う徹底した姿勢。誰もが陥るかもしれない落とし穴を見据える冷静なまなざし。静かな怒りと悲しみ・・・。映像もまたこの脚本と同じように誠実でなくてはならない。これから生まれてくる映画を想像しながらそんな事を考えた。

リアルである事
 脚本の扉に「皆々様へ」と題された小林監督の本作への思いが綴られていた。「一切のエンタテインメント性や、センチメンタリズムを排し、ある限られた空間の中で、生き物の生態を追うがごとく、この悲劇を描いていきたい」撮影行為とは、ある意味では、嘘をつく事でもある。特に今回のように全編セット撮影であれば、技術スタッフの都合の好いように進める事はいくらでも出来る。それをしてしまえば本来作品が持つ勢いは削がれ、“思い”はオブラートにくるまれ、作品自体がこじんまりと整ってしまう。それでなくとも、長年CMをやってきた私の身に付いた垢のようなものは作品をきれいにまとめてしまう”危険性”を孕んでいる。
 作品が完成してから「CMをやってきた人とやるという事がどういう事か判りました。」と言われたが、おそらく監督が言ったのはそう言う事だったのではないだろうか。
 いずれにせよ、そうした事から出来るだけ遠い位置に身を置く事が必要ではないかと考えた。具体的には、セットであっても、あたかもロケセットで撮影されたようなライティングが出来ないか。極力“リアル”を目指す事が大切ではないだろうか、という事である。そんな思いを心に秘め、作品と向き合うこととなった。
 震災の記憶がまだ鮮やかに残る2011年10月の中旬、国際放映にて撮影が始まった。

55歳の新人カメラマン
 先に書いたように、普段、私はCMの撮影をメインにしている。むろん本人としたらジャンルには何の拘りもないが、世間的にはCMカメラマンのひとりとして括られている。いつかは本編も撮りたいと長年思ってきたが、機会のないまま、気がつけば20年が過ぎていた。しかチャンスは何処に転がっているか判らないものだ。SNSを通して知り合った小林監督に作品集を送り、映画を撮る機会があればカメラマン候補のひとりとして考えてもらいたいとお願いしてあった。 ほどなくして「日本の悲劇」と題された第一稿を頂いた。2年前の夏前のことである。それから紆余曲折はあったものの、直訴の甲斐あって、撮影を担当できることになった。
 助手の頃に現場の経験はあるものの、本編を撮影するのは初めての事である。しかも毎回、一般商業映画とは一線を画す作品を次々と発表してきた小林監督の現場である。正直、戸惑う事の方が多かった。
 というのも、セットプランは既に出来ており、当然あると思っていた出演者との顔合わせやリハーサル、テスト撮影のスケジュールなどがない。撮影当日まで出演者のコンディションすら判らずにいきなりの本番である。自主制作のリスクは「十分な報酬を得られないなら作品にも口を出す」と言うスタッフの詰まらないプライドにある、と監督はその訳を明かしてくれた。とは言え不安は募る。劇映画というよりはドキュメンタリー撮影に臨むようなものである。その緊張感がカメラに記録されればしめたもの、と肚をくくるしかない。
 それにしても、日本映画の至宝とでも言うべき仲代達矢さんの演技を誰よりも早く、間近で観られる幸せ。セットで初めて顔合わせをした時には仲代さんは既に村井不二男になりきっていた。役者の本気の演技とはかようなものか!
 数シーンを通し芝居でリハ、照明の調整後、長廻しによるワンカット。初日の撮影は午後2時には終了していた。かくして齢55の新人カメラマンは映画デビューを果たしたのである。

撮影
 アングルはすべて監督が指示した通り。私がやったのは微調整だけである。インする前にそのことは念を押されていた。すでに詳細なイメージ、綿密なプランは監督の頭の中に出来上がっていて、撮影担当者である私の役割は目の前で生起する出来事をつぶさに見届ける観察者のそれであった。
 小林監督の斬新さはワンシーンワンカットどころか数シーンをワンカットで撮ることだろう。長廻しは予期していた事ではあるが、初日から、シーン#1から#11までの14ページを一気にワンカットで撮りきってしまったことにはさすがに驚かされた。その15分間は息をするのもはばかれるほどの緊張感であった。そのなかで仲代さんとその息子役の北村一輝さんは完璧な演技を見せてくれた。
 さらには、義男が不二男の部屋の前で思いの丈を叫び、疲れて眠り込む終盤の山場もワンカットで撮影されている。夕暮れを経て深夜、そして朝までの光の変化を限られたライトで表現せねばならなかった。さらに途中から雨さえ降ってくる。どのくらい光の落差をつけたらそれなりに見えるか、なかなか難しい判断だった。巧く行っているかどうかは皆さんのご判断に委ねたい。
 101分の尺の中で総カット数はわずかに56。しかもほとんどがフィックスだ。カメラを振ったのはたった一カ所のみである。カット割りとアングルに頭を悩まさずに済んだ分、光づくりに集中できる。(つづく)

category: 映画のはなし About Movies

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