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ファシズムの糧 "Feed of fascism"【No.220】 


2013.08.15(Thu)

 『風立ちぬ』の喫煙シーンに日本禁煙学会がクレームを付けたという。毎度繰り返される、わが国の“良識ある”大人達の、馬鹿げた振る舞いにうんざりする。
 本編を観ていないので何とも言えないが、宮崎駿という作家のことを考えれば、それは明らかに考え抜かれた末に描かれたものに違いない。子供が挙って宮崎アニメを見に来ることは想定済みであろう。が、宮崎駿は子供の為にアニメを作っている訳ではない。大人の鑑賞に堪え得るものを創る、表現者の思いはその一点にある。その作品において描かれたすべてのことは、それが表現上必要であるから描かれる。例え不道徳なことであっても、それが表現されたことである以上、その行為を賞賛しているかどうか、その評価は作品全体を通して行われるべきである。一部の表現を作品から切り離して考えることはナンセンスである。実に簡単なことだ。表現に接する際のルールと言っても良い。
 禁煙学会の論法で言えば、子供がみる可能性のあるすべての表現は成り立たなくなる。小説や映画の題材にしばしば取り上げられる殺人やレイプなどの暴力表現は以ての外だ。だが、大人が考えているほど子供は馬鹿ではない。そもそも、子供は大人よりも遥かに敏感に社会の在り方を認識する。喫煙が体に悪いという社会のコンセンサスが形成されていれば、それに背く大人の振る舞いをみてそれを指弾するのは決まって子供たちである。子供の名を借りて表現を云々する愚かさを知るべきである。
 ファシズムという曖昧な言葉で彼らを批判したところで、自分が正しいと思って発言している以上、糠に釘という気がする。しかしこれだけは言っておく。物事を画一的にしか見られなくなった者の中でファシズムは育っていく。短絡的思考がファシズムの糧である。せめて、表現の自由が何故必要なのか、表現に枷をはめることが何故いけないのか、少しでも考えて欲しいと思う。自分たちの出発点もそこにあったはずである。

category: 日々是好日 Days

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