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映像の強度。[Strength of image.] 


2010.06.04(Fri)

テクニカルな面で言えば、最も強度のある画というのは、撮影対象が明確で、画面に映っているあらゆる要素の中でそれが最も際立っている事が条件である。つまりクローズアップは究極に強度のある画のはずだが、ただ無闇に寄れば力があるかと言えば、そうとばかりは言えまい。前々から言っている事だが、映像にはその出口に最適なサイズの切り取り方がある。一口にアップと言ってもその切り取られ方はそれが最終的に目的とするメディアの種類によって違って来て当然であろう。映画なら映画、TVならTV、携帯電話なら携帯電話に最適なアップサイズがあってしかるべきである。大きな画面で必要以上の寄りは観難いだけで然程強度を持たない。逆もまた然り。現在の映像の主流は、好むと好まざるとに関わらず、TVモニターで観て最適化されたものである。SD(4:3)からHD(16:9)への移行、画面自体の大型化は映像のサイズ取りにも変化をもたらすはずで、映画スクリーンに最適なサイズへと“回帰”していく可能性がある。いずれにせよ、出口を無視したアップサイズに力はないと私は考えている。
無論サイズだけで強度が決定される訳ではない。近年、最も強度のある映像は、おそらく、手持ち撮影によるものだが、それとて使い方次第やり方次第である。下手にずっとそれをやられていては仕舞いには目を背けたくなる。人間の目線を大きく逸脱した映像に強度はない。疲れてしまうのだ。
ワンシーンワンカットもまた映像の強度という点でかなり強力であった。その揺り戻しでもあるかのように細かなカット繋ぎがそれなりの強度を持ち得たこともあった。およそ百年の映像の歴史の中で、繰り返し繰り返し、新たな視線が発見されては、映像に更なる強度を与えて来たのである。
映像とはカットとカットの繋がり(切れ間のないひと連なりでも良いが)によって生み出される運動のことである。何でもないショットがその前後の画によってとてつもなく輝いて見えることがあるのも映像の醍醐味である。音楽に似て、映像にも一定の時間の中にモティーフがあり、通低音があり、リズムがあり、メロディがあり、それらを構成する各々の音色がある。それらの要素ひとつだけを取り上げて論じてみても意味のあることとは思えない。結局、様々の要素の集合体である映像を強く印象づける方策は実のところあってないようなものである。映像の強度は映像だけで完結しないということなのだ。我々が暫し、“映像の神様が微笑んだ”と呟くのもそう言うことなのではあるまいか。身も蓋もない結論に成ってしまったが、突き詰めてしまえば、テクニカルな面が映像に付与出来る強度というのは決して大きくはないのである。

category: カメラマンの覚え書き Notes of Cinematographer

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