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みかんの皮を剥く。[Peel a mandarin. ] 


2010.02.19(Fri)

つややかな黄色い表面のへその部分に親指の爪を立て、ぐいっと押し込むと、甘酸っぱい何ともいえない香りがフワッと立ち上がって来て鼻腔をくすぐる。わたしのようなオジさんにとっては冬にみかんは付き物である。ところが若い人にとってはそうではないらしい。その理由は様々あるが、皮を剥くのが面倒だという人が増えたというのがそのひとつに上がっているのを教えてもらい驚いた。今では、あらかじめ皮を剥いたみかんまで発売されていると聞く。
つい先頃発表になったあるアンケートの結果で、映画館に行かない理由で最も多いのが映画館に行くのが面倒くさいであった。また、洋画に比べて邦画の方が観客に好まれているようだが、その主な理由として字幕を読まなくて済むというのがあるそうだ。極めて個人的な意見だが、家のモニターで見る映画は映画であって映画ではない。映画館の暗闇では眼の前に広がる物語と映像に集中することができる。五感全てが映画と向き合うのである。その至福は何物にも代え難い。その悦びは家では決して味わえない。洋画を字幕で見るという行為も、外国の役者がしゃべる言葉のニュアンスを感じたいが為である。吹き替えでは、情報量と引き換えにその微妙さは半減してしまう。海外の映画を観る事で得られるのは一時の愉しみだけではないはずだ。面倒くささというのも人それぞれだろうが、字幕を読む事がその障害になっている事がわたしには不思議でならない。
微妙な差異のようなものがどれだけ豊かに含まれているかで文化の質が決まる思う。微妙な差異を感知する能力というのは単に知性だけに負うものだろうか。みかんを食べるという行為ひとつとっても、指を使って皮を剥き、香りを嗅ぎ、その色を愛で、噛み締め、味わうという一連の流れがある。その総てを引っ括めてみかんを食べるということなのだと思う。五感全てを使わずに感知出来る機微とはどれほどのものであろうか。面倒くさいというのは誰にでもある事だが、面倒という一言で省略した事柄の内にこそ大切なものが含まれているような気がする。そうした過程を省略していてはやがて文化なるものも消えてなくなる。楽をしようと思えばいくらでも楽が出来るのが現代であろうが、そんな事まで面倒くさがっていいのだろうかと本当に心配になる。使わない器官はあっという間にその機能を失ってしまう。面倒くさいで何でも済ましてしまうようでは、やがて文化は死に絶え、人間もまた退化していく。

category: 日々是好日 Days

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