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メメントモリ。[Memento mori.] 


2010.01.03(Sun)

常識的に見れば、これから取り上げようとしている話題は新春のブログに相応しいものではない。しかしながら、新たな年の始まりであるからこそ、敢えて、こうしたことと向き合うべきなのではないかと思うのである。言い古された事には違いないが、実際、誰がそれを真摯に受け止めているのだろうか。少なくとも私にとって、今までそれは遠い遠い事柄であった。
それは“死を想う”ことである。何びとたりとも死を免れることは出来ない。そしてそれが何時何処で訪れるかは誰も知らない。一寸先は闇。一秒後にあなたは交通事故や飛行機事故に遭うかもしれない。突然、脳の血管が破裂したり心臓発作に見舞われるかもしれない。火事には絶対遭わないと誰が言えよう。地震だってやって来ればどうなるか分からないではないか。新聞やニュースを見聞きするまでもなく、死は世界中に当たり前の様に転がっている。であるなら、個々人には決して約束された未来などない。我々は地を這う虫や海を泳ぐ雑魚、野に蔓延る雑草と何ら変わりはない。私とあなたが今を生きているのは奇跡的なことなのかも知れないのだ。おそらくその事を忘れているから人は生きていける。だが、同時に、それを頭から追いやることでかけがえのない今という時を疎かにしてはいないだろうか。
このごろ思うのである。ただただ一瞬一瞬を生きることがどれだけ大切なことだろうか、と。丁寧に生きていきたい。切実にそう思う。そうすれば、朝の光を浴びただけで無上の悦びを感じる事だろう。都会の喧噪はきっと寂しさを紛らわせてくれる音楽に聞こえてくるに違いない。夜の静けさは荒れた心を鎮めてくれよう。頬をなぶる風が、空に浮かぶ雲の流れが、影の長短が、天気の転変が、季節の移ろいが、木々の変化が、コーヒーのひと啜りが、パンのひと齧りが、ご飯のひと食みが、ワインの一滴が、梶井基次郎や石川啄木の一行が、コルトレーンやエバンスのひとフレーズが、フェルメールや岸田劉生の一筆が、ケルテスやペンの眼差しが、ストラーロやディーキンスのワンショットが・・・そしてあなたの声色や温もりが。出会うもの全てがこの上なく優しく私を抱きしめてくれていることに気が付くようになるだろう。
今年、私が誓うことはただひとつである。この瞬間に死が訪れたとして後悔しないようにすること。その為にどんな些細なことでも自分が納得するまでやるということである。いい加減な私には難しい事には違いないが、それがまだ生きている者の最低限の務めではないだろうか。「今日、私はちゃんと生きたか」一日が終わり、眠りにつく前に毎日、そう自問しよう。新たな年は辛い道程の始まりかもしれないが、“死を想”えばなんとか乗り越えて行けるに違いない。

何年経ってもうまく綴れませんが、もう暫くの間はブログを続けるつもりです。懲りずにお付き合い願えればそれ以上の悦びはありません。2010年、新らしい10年の始まりに向けて。

category: 日々是好日 Days

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