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QTの発言を巡って。[Around the remark of QT.] 


2008.02.01(Fri)

「デジタルの撮影ではカメラマンを雇い入れる意味はない。」クエンティン・タランティーノのこの発言を巡って、今、アメリカの撮影部(?)の間ではちょっとした議論が起こっている。あるインタビューで、ロバート・ロドリゲスが『シン・シティ』から採用しているカメラ=演出スタイルについて、問われた際に漏らした発言である。冷静に読めばタランティーノ自身がデジタルをさほど評価している訳ではないのだが、『シン・シティ』については手放しで褒めていて、ロドリゲスの成果から現場を知らない素人が考えつくようなことがうっかりと口を吐いて出たようにも見える。素人が考えると書いたけれど、つまりはカメラマンの役割について考えが足りないからこそ、そうした発言に結びついたのだとも言える。プロフェッショナルな映画監督の言葉とは思えない発言に、ある意味、失望させられる。
以前、私も自分のブログで「キャメラマンは滅びる」と題して、この問題を取り上げたことがある。かなり極端なことを書いたつもりだったが強ち予測は外れてはいない。タランティーノのように考える演出家は少なくないだろうし、演出家とカメラマンの境もなくなっていく可能性もある。デジタルがフィルムの代用品でなくなった今となっては、その流れは加速していくだろう。デジタルではモニターに映し出されたものが即ち撮影されたものということになる。フィルムカメラのように何が映っているか現像するまで分らないわけではない。もしカメラマンの仕事がフレームを切ることだけで済むなら、タランティーノの言う通りかも知れない。しかしながら、フレーミングはカメラマンの仕事の一部に過ぎない。カメラマンの仕事は、道具がデジタルに移行しようが、ブラックボックスが取り払われようが、依然として、フィルムメイキングに大きな比重を占める筈である。

ひとりの頭の中だけで創られたものは、何処までいっても、その枠組みを越えることはない。人と人との、或いは人と自然との出会いから“何ものか”は生まれる。私たちはその“奇蹟”を観たいのだ。デジタル技術がそれを阻害する道具だとは思えない。
A creation in the head of a only parson, even if it goes how far, it does not exceed his framework. A "something" is produced from the encounter with man and man,or man and nature. We want to see this "miracle." A digital technology does not seem to be a tool which interferes with it.

category: カメラマンの覚え書き Notes of Cinematographer

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