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撮影の作法~北原さんからのメール。[Methodlogy of Shooting~Mail from Mr.Kitahara.] 


2009.02.28(Sat)

REDに関するこれまでのブログ記事で、ぼくが読み取るかぎりで、仕様や将来性、機材としての信頼度や仕上がりなど、ほか多くの要因があるなかで、大木さんが最も重きをおいているのが、「撮影の作法」にあるのではないかと感じています。つまりあまたある次世代撮影機器のなかで、REDを選んだのは、これまで培ってきた撮影技術と撮影の作法を継承できるカメラと考えたからではないのでしょうか。これはいままで話し合ってきた「技術の引き継ぎ」とも合致します。
現代は、さまざまな映像があふれている時代です。その手法や伝えかたや意図も実に多岐にわたり、同じ映像というものをあつかいながら、ときにまったく異なった作法で撮影されています。厳密にいえば、映画を撮影するときの作法とCMのそれとはまた
違います。同じようにPVやウェブ映像、アニメーションやドキュメンタリーなども、もちろん重なる部分もありながら、それぞれに見合った作法をもっているのです。二月六日の大木さんのメールのなかで、「おそらく、僕ら(敢えてそう言わせてもらいますが)のような映画史に取り込まれてしまった人間が理解しにくいのは、映画史と無関係でいた人たちの映像が多く存在していると言うことです。そしてそんな彼らがまた新たな映画史を創ろうとしていることに対する戸惑いでしょう。」とありますが、それは「撮影の現場」の先達である映画史が引き継いできた技術とは異なった作法に対する違和感と戸惑いでありましょう。ここにきての混乱は、映像とひとことでくくり過ぎて、実は作法によって明確にくぎられる境界線を見失っていることに起因していると思います。
ソフトの供給を第一義に、テレビやCMの製作陣が、映画史にも、映画の作法にもまったく配慮せず、自分たちの技術と作法で映画を撮ってしまうことで、それを「映画」とよんでいいものかと思われるものが、シネコンを賑わしています。この状況は、「日本映画」が「人の気持ちを繋ぎ止めるだけの豊かさを失いかけている」と危惧したことと無関係ではありません。これにあたるには、どの作法が正しいかといった問題の追求の仕方ではなく、まずそれぞれに作法があるという事実に心をくばらないことには、どうにもなりません。そして学び、認め、見極め、その上で、自分はどの作法にのっとって、映像に向きあうのかを選択するべきなのです。ミクスチャーはそれからでも決して遅くはありません。
そして大木さんは映画的な作法を選んだ。そのすえにたどりついたのが、REDというカメラなのではないでしょうか。これからも専門的なアプローチとともに、撮影の作法ともからめた視点で、新しいカメラについて話していただきたいと思います。
そしてシステムについてももうすこし具体的に教えてもらいたいです。たとえば今村直樹監督が取り組んでいる「オフコマーシャル」という試みも、広くとらえれば新たなシステムの模索かと思いますが、大木さんの考えるシステムとどこを異にして同にするのか、そのあたりの比較からお願いできればわかりやすいのですが、いかがでしょうか。

category: 【オープンルーム】Bulletin Board

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