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ディレクター・オア・プロデューサー?[Director or Producer?] 


2009.08.02(Sun)

木下さんと井上さんの投稿、とても好いです。当ブログが目ざしていたことのひとつがこうした二人の対話です。お互いに様々な議論を交わすことが我々の技術や環境を向上させることに繋がると信じています。撮影を生業とする全ての人にとって、ここがそういった場であればこんな嬉しいことはありません。
井上さんは私に就いてくれた助手のひとりです。私自身が難しい状況にいた時にチーフを務めてくれたこともあり、ちゃんとした師弟関係を結ぶことは出来ませんでしたが、とても優秀な助手でした。そして今や売れっ子のキャメラマンです。助手だった人たちの活躍を見るのは率直に嬉しいものです。
さて、今回は井上さんの投げかけてくれたことに対して私なりの見解を述べてみます。

ディレクターシステムかプロデューサーシステムかで言えば、日本のシステムはどっち付かずの状態のように思います。プロデューサーが全てを掌握している訳ではないし、かといって監督の意見が優先されるかと言えばそのようなことも無い。力関係によってその攻守は一変します。大御所の演出家であればその権力は絶大でしょうし、若手であればプロデューサーの言いなりにならざるを得ない。プロデューサーとて代理店の言うことは優先しなければなりません。いずれにせよ、ここには作品をより良いものにしようという意志はありません。多少のことは眼をつぶっても事が巧く進んでいくことが優先されます。かつては利益は一年スパンで考えれば良かったものですが、今や一作品ごとに結果を出さなければならなくなりました。ですから現在日本のシステムは(短期の)利益優先システムとしか言い様がありません。必然的に予算はタイトになります。しわ寄せは当然、下請け業者たるスタッフにかかってきます。このままではクオリティーの維持さえ難しくなってきます。
私たちの仕事が面白いのは、異なる価値観を持ったクリエイターたちが同じ土俵に立つことで新しい何ものかが立ち現れることです。私たちが創るものはひとつの作品ですから最終的には誰かひとりの決定に委ねられるべきですが、そこに至る過程は複雑であればあるほど面白いのではないか、そんな風に考えています。決定権をディレクターに委ねるのか、プロデューサーが担うのかは別にして、それぞれの創意工夫をぶつけ合う行程にこそクリエイティヴの神様が宿ると思います。
しかしながらクオリティーはシステムと無関係ではいられないのも事実です。雁字搦めの状況の中でどうしたらクオリティーを維持していけるのか、志を保ちうるのか考えなければならない。そのヒントは何処にあるのでしょうか。ディレクターシステムかプロデューサーシステムのどちらかを選べば問題は解決するとも思えません。今言えることは、極めて抽象的な概念でしかありません。利己主義から利他主義へ、です。ちっぽけな個々人の時間の枠内に留まっていては何も解決出来ないということです。ひと一人の時間にもそれまで営まれた人類の膨大な時間が集積されています。我々は決してひとりだけの時間を生きている訳ではないのです。そこに思い馳せることで何かが変わっていくのだと思います。作品の質を優先するという姿勢もそれでスムーズに納得出来るはずです。もう一度長いスパンで仕事を(さらには我々の生そのものを)捉え直す時期に来ていると思うのです。
今思い付きましたが、あらゆるテスト撮影は公開されるべきかもしれません。守秘義務の問題はありますが、情報を公開すればそれは秘密でも何でもありません。そこで知り得た情報を先んじて実行したところで、剽窃したことは公に知れ渡ります。冷静に考えればそれは恥ずべきことどころか自分の首を絞めかねない。コストの面もそれで解決しそうです。
同じ文脈に立つと、どれだけ苦しい状況にあっても、囲い込み(保護主義的施策)は決してしてはならないことです。それによってどれだけ素晴らしい企業が躓いてきたか知るべきです。業界の牽引役であってしかるべき某グループがこの有様ではCM業界にもはや未来は無いのではないかとさえ感じます。自社グループの機材しか認めないなどもってのほかです。はっきり言いますが、自社の設備投資の失敗をフリーの人間に押し付けているようなものです。
今我々が陥っている袋小路は未来が見えないところから発しているように思います。見えないから不安で、目先のことにしか関心が持てない。よく考えれば、元々未来など見えたためしは無いのです。それでも人は未来を夢見ることで生きることが出来たのではないでしょうか。ドンドン抽象的な議論になってしまいましたね。ここら辺で止めておきます。

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世界的にもこれほどプロダクションが巨大な国はまれだと思うのです。
その大きさの故このような事態に、あまり建設的ではない方向に向かってしまっているのかもしれないとつくづくおもいます。
プロダクションに発注する側も体力のないところには発注しないでしょうし。
なかなかほどけない複雑に絡まった糸みたいです。

ただし、私たち撮影パートはあまりお金のことを直接言われてこなかった歴史があります。これは、照明パート、美術パートとは少し異なります。大切にされていたのかもとポジティブに考えなくもありません。しかもこのことは日本特有なものだとおもいます。
ここに可能性を感じてなりません。

例えば建設的なテストによってプロダクションを通じてクライアントに何か提案できるとします。プロデューサーもその提案を採用されればチャンスになるはず。
ものをつくる上でこういったフラットな関係は必然なはずですが映像業界はさにありません。カメラマンのテストをする時間や、コストに積極的ではありません。

そこで提案なのですが、この大木さんのサイトを通じ私たち撮影パートは建設的なテスト撮影を企画し、プロダクションだけでなくフィルムメーカー、カメラメーカーに提案していく環境を整えていくというのはどうでしょうか。この国はカメラ大国ですしね。誇大妄想ですが世界に向けて提案出来るテストにつながるはずです。
テストのプロセスは発表しますが、結果は参加したスタッフのみが共有していくなどなど。仕組みは真剣に議論する必要があると思います。(盗み見はちょっとごめんです)
撮影パートにできることが沢山ある気がします。

私のスタジオ(www.studio-school.com)でできるテストなら提供させてください。
そこでのテスト結果の著作権などはクローズしすぎないカタチで守る方法も考える必要はあると思います。

大木さん何かやりませんか?



【2009/08/03 11:33】
URL | 井上隆夫 #- *編集*

映像研究会のようなものを立ち上げてみましょうか。
私のカメラも提供しましょう。
【2009/08/03 22:39】
URL | sumio #- *編集*

そうですね。
ワークショップ形式ですすめていくとか。
実際にテスト撮影を行ってみるなどいろいろできそうですね。
一度打ち合わせさせてください。
ではでは。

【2009/08/05 09:24】
URL | 井上隆夫 #- *編集*

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