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スチールマン参入の功罪。[Merits and demerits of photographer 's entry.] 


2009.08.01(Sat)

木下さんに振られた話題をしつこく取り上げてみる。彼は今、米国で撮影修行中である。あちらに渡った経緯がどうであったか知らないが、現状の日本で仕事することに相当の危機感があっただろうということは想像に難くない。

ステーキ屋と蕎麦屋ですか。どちらがどちらとは言い兼ねますが、確かにそうかもしれないですね。新しい血が入ることはその業界が活性化することです。だからその意味でスチールマンの参入は歓迎されるべきものでした。私も彼らからかなりの影響を受けました。スチールマンの画の特長は、判り易さにあります。自分なりの色を出さなければ生き残れない世界にあっては当たり前のことです。これは誰それが撮った、とすぐに判ります。発注する方も「あのCMみたいに」と言えば済みます。CMにはまさにうってつけです。一方、ムービーキャメラマンは基本的には作品に添った画造りを心掛けてきました。荒々しいタッチの画が似つかわしいこともあるし、優しい絵柄がマッチする作品もある。その都度その都度、作品に合わせて画造りをしますから、撮影者の特徴はさほど色濃くは出てこない。ムービーキャメラマンの分が悪いのは当然でしょう。だからこそ、その仕事を正当に評価してあげる人がいなければならないのです。残念ながらそれが出来るのは少数の人です。

スチールマンのムービーへの参入は撮影部の前提を崩しました。それまでは撮影助手というのは、あくまでもキャメラ技術を習得する為の修行期間であると看做されてきました。一定の年月助手として修行すればキャメラマンになれる。だから安いギャラでも頑張りなさいと。私が助手だった頃はそれがまだ成立していました。
スチール出身者が盛んにムービーを廻すようになったのも私がチーフ時代のことです。最後にチーフをしていたのもスチール出身者の元でした。スチールマンがムービー撮影する際にはベテランの撮影助手が“サポート”するようにプロデューサーが差配したものです。本来ならそこで助手のギャランティーもそれに見合ったものにすべきでした。何故ならそこには既に師弟関係は見当たらないからです。ここでは完全なる分業体制が無ければ仕事が進んでいきませんでした。それを曖昧なままにしてしまったがため、ここにきてその歪みが出ていると思うのです。今、助手さんの技量の低下が盛んに言われますが、師弟関係を経ていない(=修行していないということです)のですから、それは当然のことです。分業が進んだけれど、技術の伝承はそこで断ち切られてしまったのです。人間関係も然りです。
ものの見方は手取り足取り教えるものではありませんが、人間同士の関係性は強く影響すると思います。口では言い表せない何かを敏感に感じ取る力はリアルからしか生まれてきません。

無論、CMへのスチールマン参入は四半世紀も昔のことで、今更出身を云々するのは意味のあることとも思えません。けれど、それまで閉じていた世界に新たな要素が参入してきたことで起る変化を検証することは、今後また起きるであろう新たな要素の参入に対しての何らかの心構えをする上で有効であろうと思います。デジタルなどはまさに新たな要素の参入です。次回はデジタルに関してもう少し突っ込んで考えてみようと思います。

category: 【オープンルーム】Bulletin Board

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コメント


ご無沙汰しております。
私もチーフ時代は国内外の優秀なDPのアシスタントだけでなく写真家のアシスタントにも積極的になりました。撮影スタイルだけでなく、いろいろギャップを楽しみながら経験を積んでいきました。スチール出身でも手持ち、パンなどのオペレーションが得意な方、ムービー出身でもfixでとても美しいフレーミングをする方などほんとうに様々でした。
一線で活躍されている方には説得力のある魅力と個性があります。ふたつには分けられません。ただ、ここで何か再確認するとしたら、日本独自のシステムだと考えます。

例えばこの国はディレクターシステムではなく、プロデューサーシステムです。
このシステムにおいては撮影部がテスト一つ行うにも毎回提案しなければなりません。
撮影まえにルックや、カメラワーク、編集点などなど、テスト撮影はとても重要であると同時に、撮影スタッフの正当に主張できるはずのビジネスチャンスです。
プロデューサーにその正当性をプレゼンすればよいわけです。
ディレクターシステムの場合、テスト撮影は積極的に行われます。
そしてテストの結果をふまえたコンセンサスのとれた無駄の少ない、レベルの高い撮影現場につながっていきます。
ここで積み重ねてきたことは各パートにとってとても大きなものになります。
単純にカメラの出番が倍になるだけではありません。現場までのコミュニケーションは
クオリティーにつながります。

ただ、いまさら海外と比べても仕方ありませんし、海外で学ばれたことがこの国ではそのまま通用しません。あちらにはあちらの根深い問題点も沢山あります。

今は、現場のスタッフがこの国独自のシステムを認めた上でのメリット、デメリットを議論していく必要があると思います。
ではまた。

追伸、先日、私が所有するレンズ、カメラで撮影しようとしたのですが、そのプロダクションから同グループの機材でお願いしますと言う話になってしまいました。
私としてはクオリティーアップとコスト削減の実現になると考えていたのですが。。。
前途多難です(爆)。



【2009/08/02 10:58】
URL | 井上隆夫 #- *編集*

井上様

初めまして。木下と申します。
井上さんがおっしゃっている、海外との比較の無意味さについては僕も全く同感です。
システムなど僕は興味が無くて、形が内容よりも優先されるべきではありません。形式は後からついてくる物だと思います。
例えば撮影部と照明部の問題がありますが、いわゆるDPシステムに関するこれまでの議論は全く不毛であると思います。どうして日本独自のやり方を海外の方法に合わせる必要があるのか?
僕の知る限り照明技師という確固たる主体性を持ったポジションがあるのは日本(韓国も?)だけだと思います。

日本人特有の緻密、繊細さが反映された日本の映像は、他国の技術者には決して真似の出来る物ではないと思います。撮影、照明技師という両者の技術から生まれるグラデーション豊かな映像、シビアな作品をさらに追求して欲しいと思います。
戦後、日本人が冒されていたの海外コンプレックスはもう若い人達は感じていません。

僕が米国に渡ったのは生活上の事情があっただけで日本の撮影業界の習慣を否定する意味での行動では決してありません。
井上さんがおっしゃるように米国で経験を積んでも日本でそれはプラスには作用しません。むしろ逆でしょう。おっしゃる通りです。

日本人として米国人と撮影をすると、抽象的な言い方ですが、陰と陽で言えば陽の要素だけで作業が進められるので、陰の要素の強い僕は、陰を第二言語の米語で強制的に陽に変換し、日本人としての自分を押し出すように訓練しています。まだまだ途上です。

それでは。




【2009/08/02 15:22】
URL | 木下容宏 #- *編集*

木下様
こちらこそはじめまして。
木下さんにとっていきなりやや失礼なコトを書いてしまったとしたらすみません。
ただ私はこの国はこの国のやり方でやればよいはずだと強く思っています。
ただし、今の状況はとてもいい方向に向かっているとも思えません。
問題が多すぎますし、そのことについての議論もありません。
とても変だとおもいます。
これは映像業界に限ったことではなくこの国の特徴なのだとしたらどうでしょう?

今後は木下さんのようにいろいろ異なる世界で経験を積んだ人材が必要だと思います。
また、陰と陽のはなしのように、欧米人と日本人のハーフがとても魅力的に見えるように木下さんもなれるとといいですね。
それでは失礼します。
イノウエ
【2009/08/02 17:13】
URL | 井上隆夫 #- *編集*

いえいえ失礼なんてとんでもないです。
その通りだと思いますので。
日本も、カメラマンのような末端の技術者がもう少し発言力を持てるようになれば良いのですが。
頑張って下さい。
失礼します。

【2009/08/04 06:58】
URL | 木下容宏 #- *編集*

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