01/ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28./03

スポンサーサイト 


--.--.--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

trackback -- |comment -- | 記事編集

go page top

『冷たい熱帯魚』"Cold Fish" 


2011.02.01(Tue)

coldfish
どのように語り始めればこの違和感を解ってもらえるだろう。正直に言おう。極度の緊張を強いられる本作を見終わった途端、あろうことか、してやったり、と言う園子温監督のドヤ顔が浮かんでしまったのだ。確信に裏付けられた強引さがある。『告白』を見終わった後の苦々しさと同質のものだ。
人物造形の巧さとでんでんによる快演によって、この希代の殺人鬼=村田は、アントン・シガー(『ノーカントリー』)やヨンミン(『チェイサー』)をも遥かに凌ぐ説得力を持って我々の脳髄を直撃する。そのリアルな存在感は倫理観や単純な善悪など木っ端みじんに粉砕する。圧倒的な虚無。その磁力は多くの人々を惹き付け、服従させる。(おそらく映画館の座席を埋め尽くした観客も同様なのだ。)いわば神のごとく君臨する村田は、それ故、そこに吸い寄せられた者どもの生命をいとも簡単に掌上で転がしてみせる。そんな村田に対し、日常生活に(何処にでも転がっているありふれた)問題を抱える小市民=社本(吹越満)は徹底して無力である。そんな男がどのような結末を辿るのか。
仔細を検証してみれば、脚本の杜撰さや設定の甘さを発見出来るだろう。そこここにブラックなユーモアが散りばめられているのに、笑うことを許さない間の悪さがある。"女殺油地獄"さながら、血の油に足を取られながらの殺戮の場面の何と冷徹なことか。だがそれらはあくまで表層的なことに過ぎない。
園監督は、敢えて、変わろうとする人間の側に立たない。最後に生き残るのは、あらゆる啓示に気付きもしない最も浅はかで弱い人間である。そのように世界は荒涼としたものかもしれない。しかし、そこで留まってシニカルな視線を送るだけでいいのだろうか。神は何処にもいない、神はすでに死んだ、と言うことは容易い。しかし、そう宣言することは映画が死んだと宣言するに等しい。そんなことを考えてしまうのである。それも計算済みだと園監督は言うだろう。だが、だからこそ、そうではない、と言わなければならないのではないだろうか?ロマンティストに過ぎると笑わば笑え。
ほとんど直截的な感情論になってしまったが、そうでもしない限り、この作品の魔力に抗えない気がする。
スポンサーサイト

category: 映画のはなし About Movies

trackback(0) | comment(0) | 記事編集

go page top

FC2 Blog Ranking

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。