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キャメラマンは進化する。[Cameraman evolves.] 


2009.04.26(Sun)

私が初めてチーフとしてメーターを任されたのは押切隆世さんの下である。私が助手の頃は今と違って、売れっ子キャメラマンともなると今日の比ではないほど忙しかったし、相対的に見ればギャラも良かったから、一人のキャメラマンに就いていれば十分飯が食えた時代である。フォーカスマンの頃からほぼ、押切チーム専属でいたので、本来の意味では、押切隆世さんが私の唯一の師匠である。言うまでもなく“押切隆世”と言えばCM業界では超一流のキャメラマンであった。けれど進取精神旺盛な押切さんの下ではCMのみならずドキュメンタリーや映画などあらゆるジャンルの撮影を学んだ。まだ出始めの頃のHD(馬鹿でかい機材と中継車が必要だった、しかもアナログ)を使って世に先駆けてCM撮影したのも押切チームである。押切さんの元を離れた後でも、しばらくの間は時々マルチカメラの末席に呼んでもらっていたので、ずいぶんと色々な勉強をさせてもらった。
先日、何年かぶりで師匠と言葉を交わし、初めて隣合って酒を飲んだ。私が助手の頃はずいぶん大人にみえたし、それでなくても助手はあくまでも助手、畏れ多くて隣に座るなどもってのほかであった。(正直に言えば、それ故、些か煙たくもあった。)こんな日が来るなど思いもしなかった。キャメラマンとして一応は認めてもらえているのだと思うと嬉しいような誇らしいような・・・。
当時と比べると少し太られたが相変わらず元気そうで、聞くと60をとっくに超えて70に近い御歳だが、とてもそうは見えない。REDにも相当詳しくて、私のような若造がようやくREDでテスト撮影をしようかというこの時期に、既に何本もの作品をものにされている。今がキャメラマン人生のなかで一番忙しいのだとおっしゃる。失礼を承知で言えば、老いてますます盛ん。否、そもそも、老いなどという概念から超越した所にキャメラマンは存在しなければいけないのではないか。そんな事を考えた。ともかく師匠にはまだまだ敵わない。「キャメラマンは進化する。あらゆる事が分かって来たから今が一番腕がいい。」という言葉には勇気付けられもし、深く同意する。
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category: 背中を押してくれた人。The person who pushed my back

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